サパティスタ(メキシコ民族解放軍)に会ってきた〜前編
オベンティック自治区へ行くまで
2005年5月20日(金)〜
サンクリストバルの宿「カサ・カサ」に宿泊。
ここでは、メキシコ民族解放軍(EZLN)=サパティスタの支援のための訪問・体験ツアーを毎週一回催行しています。
まずなにも知らなかった私たちは、ここにあるサパティスタ関連の本を読みました。
また、ここの宿の笠置さんという方からも、直接いろいろなことを教わりました。
そして前日に「討論」を行ってから、笠置さんに通訳として同行してもらい
ツアー(といっても3人だけですが)に出発です。
ツアーに出発
2005年5月27日(金)AM9:00
サンクリストバルからは、オベンティック行きのコレクティーボに乗ります。
この間までは、オベンティックに行くとはあまりハッキリ言えなかったそうですが
いまはコレクティーボの客引きが、大声で「オベンティーック!」と呼び込みをしていました。
これに乗って1.5時間。山に囲まれたなかに、オベンティック自治区があります。
オベンティック自治区の入口
サパティスタの人たちとの対面
ここオベンティックは、サパティスタのいわゆる行政区で、まわりに居住区もありますが柵がしてあり、 外国人やサパティスタ以外の人たちは中に入ることができません。
ここに着くと、わたしたちはまず入口にある売店で受付をします。
パスポートを預け、話を聞きたい旨を売店の人に伝えると、30分ほどしてから
事務所(小屋?)に案内されました。
このなかで、サパティスタの3人の方々から、この運動の歴史や現状、支援について
1時間ほど話を聞くことになります。
もちろん3人とも、サパティスタのシンボルである目出し帽を被っています。
対話の内容
空港から市内へのバスはないので、バカ高いタクシーを使うしかない。
しょっぱなから金がかかる。
この国では外人は金を使わないと何も出来ないシステムになっている。
空港から市内へ向かう道は、車の通りがほとんどない。道路だけが立派。
たまに、映画や写真でしか見たことがないような、年代不明のクラシックカーとすれ違った。
この小屋で話を聞いた。
まず歴史をかいつまんで話すと、メキシコ民族解放軍(EZLN)というのは、
1994年1月1日、先住民権利回復のため武装蜂起したゲリラです。
それまで先住民たちは(いまもですが)、スペイン人に侵略された数百年前と
あまり変わらない扱いと生活を強いられています。
教育の機会も与えられず、簡単な病気で子供が死ぬ・・・。
武装蜂起という行為は好ましい方法ではないけれど、
彼らの窮状を知れば簡単に否定もできません。
蜂起後12日間の戦闘のあと、停戦合意(サン・アンドレス合意)が結ばれ、
武装ではなく対話による政府との交渉が始まりました。
しかし、政府は憲法改正作業が必要となることを理由に履行せず、交渉は中断。
そればかりか、先住民たちをサパティスタの活動に参加させないように
先住民に金を与え、パラミリタール(準軍事勢力)として私兵化し、他の住民を弾圧しています。
1997年12月には、このパラミリタールによって46名が虐殺される事件が起こり、
その後も類似の事件がたびたび起こってきました。
いまでもこの自治区を包囲するような形で、軍の基地やパラミリタールの村が点在しており
緊張した状態は続いているようです。
次に現状ですが、いま医療の問題が大きいように感じました。
ここではカラコルを中心に7つの診療所があるということでしたが
医者が慢性的に足りないようです。プロモトールと呼ばれる人が250人ほどいるようですが、
診療所はインディヘナ以外の患者も受け入れているため、この人たちもかなり忙しいようです。 それから、やはり薬の支援を求めているとのことでした。
薬は、このカラコールからほかの診療所に分配しているため、常に不足しています。
それから教育面では、いまオベンティックには中学校がひとつあります。
インディヘナにとって、教育を受けさせたいと思っても公共の学校ではお金がかかるし、
かといって家では仕事の手伝いなどで、勉強することが困難なのが現状のようです。
ここでは、そうした子供たちが学んでいます。
そして遠くの村から来ている子供が多いことから、全寮制となっています。
また、外国人向けスペイン語学校もあり、ここでの収益は中学校に使われているようです。
(授業料は、1時間=自国の最低賃金 を払うことになっています)
それでもまだまだ、教材が不足しており、支援を求めているとのことでした。
そうしてここを卒業した子供たちは、診療所で働いたり、小学校の教師などになっています。 しかし、大学などに進学することはできないようで、卒業後は自治区の発展のために働く、というのが現状となっています。これについては、将来的には高校も作りたいとのことでした。
そして女性について。
EZLNでは徹底した男女平等で、女性兵士が30%くらいおり、女性司令官もいます。
今回会ったサパティスタの方々も、3人中2人は女性でした。
このオベンティックには、女性主体の共同組合が3つあり、民芸品を作って売っています。
国内はもとより、海外の支援団体など国際的にも販売しているとのことです。
これもEZLNのためには、重要な活動のようです。
この店では、民族衣装のほか、サパティスタに関するグッズ(人形やキーホルダー)や
琥珀のアクセサリーなども売っていました。
最後に、サパティスタの人たちは「自分たちと一緒に戦ってほしい」といっていました。
戦う、というのは実戦のことではなく、わたしたちにできることをしてほしいという意だと思います。 そして先住民問題をもっと世界に広め、支援していくことがわたしたちにできる
「戦う」ということだと感じました。
(2005年5月27日)
